2008/11/22 (Sat) 15:30
僕の小規模な失敗

僕の小規模な失敗僕の小規模な失敗
(2005/09)
福満 しげゆき

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 近頃、本屋を物色していると、福満しげゆきのイラストやちょっとしたマンガが表紙や帯になっている本をしばしば見かける。ジワジワと人気を挙げているのは確かのようだ。そんな福満しげゆきの出世作とも言えるのが、彼の自伝的マンガである『僕の小規模な失敗』である。
 工業高校入学から留年、中退、定時制高校へ入学、そして大学進学、しかしここでもまるで馴染めず、「大学敷地内の何か用途不明の地下みたいな所で大半の時間を過ごすように」なる……唯一とも言える希望である漫画を描き続けるも、さっぱり芽が出ない。そんな薔薇色暖色系で、イケイケ全開な青春協奏曲とは一切無縁な、鬱々どんよりで煩悶に明け暮れる、限りなくブラックに近いグレーな青春が描かれる。
「恋愛ゲームにも参加できず……漫画コンクールで相手にされず……学歴コースからも脱落しちゃって……」青春時代ならぬ灰春時代である。
あぁ、まずいまずい。書いているだけで自分の鬱の泉が湧き出してきそうだ。胃の辺りで。

 しかし、そんな中、彼のグレー・ライフに転機が訪れる。後に妻となる女性との出会い。酒で大失敗したりストーカー扱いされたり、様々な情緒不安定などなどの種々雑多な鬱要素と精神的格闘を経る中で、彼はグングン成長する……わけでもなく。
彼は彼なりに、大規模な変身をするでもなく、現実の問題がそうやって乗り越えるしかないように、なんとかかんとかその局面を乗り越えていく。
嫉妬や羨望、劣等感に孤独感。満たされない日々。それらが濃縮された、臭気・瘴気の類が漂うような作品である。

 笑えるか、読んだことを後悔するかは、読者の精神状態に大きく左右されるので、興味のある方はくれぐれも気をつけてお読み下さいますように。

ちなみに現在、モーニングにて続編に当たる『僕の小規模な生活』が連載中(今は休載してるのかな?)。気になる方はこちらも是非。



文・げんごろ

2008/08/15 (Fri) 23:25
見仏記

『見仏記』(いとうせいこう・みうらじゅん、角川文庫)を読んだ。
僕はこれまでフュージョンの活動で何度も京都の寺社に行き、建築や仏像の雰囲気を楽しんできた。
しかし、日本史と仏教の知識の不足から、それがいつの時代のものなのか、どういった理由で作られたのかなどがわからず、どこか物足りなさや歯がゆさがあった。
この『見仏記』では、仏像好きな二人が日本各地の仏像を見て回り、独自のセンスで仏像や仏教の伝来、寺社の観光地化について語っている。
特にみうら氏のコメントが光る。
「大きいねえ。やっぱ、いいわ。九体阿弥陀。これ出されたら、ロイヤルストレートフラッシュ持ってても負ける」
「ジーパン似合うよ、この観音。ベルトなしでラフに着こなせる」
「神社関係のみやげ物屋って隙がないんだよね。寺はさあ、エックスのポスターとかが置けちゃう。隙だらけなんだよ」
この本のおかげで、仏像や寺社の見学はもっと自由な感じ方でいいと思えるようになったし、また初歩的だが知識も得られた。
秋の観光シーズンが始まる前に、一度京都に「見仏」に行こうと思う。


平山裕人

2008/01/21 (Mon) 10:17
七色

七色七色
(2004/02/04)
Jazztronik

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Walk into the Memory

野崎良太のソロプロジェクト「Jazztronik(ジャズトロニック)」は日本のクラブジャズシーン/クロスオーバーシーンで名の上がるアーティストで、不定形プロジェクトらしく作品毎に参加アーティストの顔も変わるらしい。プロジェクトのデビューアルバム「Horizon」の「アオイアサガオ」のヒットで、その名を一気に広めることになり僕も「アオイアサガオ」だけは聴いたことがある。ブラジル音楽のテイストと女性ボーカルの声が絡むこれまた良い雰囲気のトラックだ。
でもそれ以来、以前から気にはなっていたがなかなか彼の作品を聴く機会はなかった。もともとクラブジャズに馴染みがなく、かといって触手を伸ばしたくないわけでもなく、単に最初に聴くべきアーティストは何かでまごついていた僕に友人がこのアルバムを薦めてくれた。

侍。このトラックのかっこよさに脱帽する。緊張感と開放感の繰り返し、縦横無尽に響くピアノの音色、上乗せされたシンセ音。どれをとっても素晴らしいの一言に尽きる。ここまでかっこいいトラックを聴いたのは久しぶりだ、聴いてると頭がくらくらする。
もちろん侍以外のトラックも十分すぎるほどにかっこよく完成されたトラックばかりなのだけれど、アルバムを一通り聴いてみた中でファーストインプレッションが一番強かったのは侍だ。
8分35秒という世界の中で音がところ狭しと跳ね回り爆発している。骨のあるリズムの前では自然と体が動いてしまう。長い時間の中で徐々にテンションが上がるこのトラックのかっこよさ!。

しかしほんとにかっこいいアルバムだ。ボサノヴァ、ジャズ、ハウス、色々なジャンルに色々な参加アーティスト。一つのアルバムでこれほど色々な音楽のテイストを組み合わせ、かつ一曲一曲が完成されアルバムの雰囲気を壊さないでいる。何かに偏ることなく勢いで攻めるのでもなく、バランス良く一曲一曲を聴いて楽しむことが出来る。値段がリーズナブルなのもいい。クラブジャズに馴染みのない僕でも自然とJazztronikの世界に浸ることが出来たのは、作曲力のあるアーティストが引き出したトラックの良さなのだろう。
部屋や車でのドライブBGMとしても最適。かっこいい雰囲気に浸れる、本当にお洒落な一枚。ぜひその耳で侍の手によるクラブジャズを体感してほしい。


文章・川端星仕

(関連リンク・Myspace内のJazztronikのページです。Jazztronikの楽曲が視聴できます。)
http://jp.myspace.com/jazztronik

2008/01/20 (Sun) 21:50
MONTAGE

MONTAGEMONTAGE
(1996/09/16)
YEN TOWN BAND

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My way

もともとこの作品は「スワロウテイル」という岩井俊二の映画の中で、ミュージシャンCHARA演じるグリコが結成する架空の無国籍バンド「YEN TOWN BAND」のデビューアルバムとしてボーカルにCHARA、音楽プロデュース・アレンジに、MY LITTLE LOVERの小林武史を起用しリリースされた作品です。
スワロウテイル自体10年前の作品な上、CHARAがYEN TOWN BAND名義としてリリースした作品はシングルを除いてこのアルバム以外見当たらないためかなりマイナーな作品だと思われます。ですがアルバム作品の中では普段のミュージシャン・CHARAとは一味違う「YEN TOWN BAND」のグリコとしての歌声が収録されていて、サウンドの方も力強いビートにグリコのファニーなウィスパーボイス(囁くような歌声)で歌われる繊細な歌詞が絡まっていて、仮想のバンドの作品としては見れないとても魅力的なロックサウンドに仕上がっています。

作品を聴いていると、ゆったりとした柔らかい雰囲気が音から感じられるのですがそれは決して甘ったるさからくるものではなく、渋さのあるクールな面も見せるグリコのウィスパーボイスとサウンドが上手い塩梅でミックスされているからだと思います。サウンドプロデュースの小林武史の手腕もさることながら、架空の無国籍バンド「YEN TOWN BAND」だからこその音が表れている気もします。僕はスワロウテイルを見たことがないのですが、映画の中でのYEN TOWN BANDの姿を見ることでこの作品から感じる情景がまた違ったものに見えるんでしょうね。

単なる企画ものの作品というよりも、仮想バンドの1つの作品として聴いてもらいたい作品です。

(文章・川端星仕)

2007/12/23 (Sun) 22:12
Finally We Are No One

Finally We Are No OneFinally We Are No One
(2002/05/28)
Mum

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Green Grass Of Tunnel

ずいぶん前の話。僕がテクノを聴き始めていた頃、音楽の話が合う友人から1枚のCDを渡された。CDを渡されたとき、それまで触ったことのなかった質感のジャケットにアーティストの楽曲志向の好奇心よりもなによりも少し懐かしい感じがした。ジャケットのタイトルはこれまた素朴な字でMumと書かれていて、それまで僕はMumのことを他の同時期に頻出していた実験的なアーティストと同じように先鋭的なアーティストと思っていたので、その先入観から友人に手渡されたCDの素朴な雰囲気に思わず「これほんまにテクノなん?」と尋ねてしまった。
友人はにっこりと「そうだよ、でも少し違うかな。君が今まで聴いてきた硬い音ではないね。優しい音楽だよ」と笑いながら答えた。友人の返答に僕は内心では少しむっとしていたが、早く家に帰ってオンボロCDプレイヤーで渡されたCDを聴きたい衝動に駆られてしまった。結局その日残っていた授業をサボり、僕は友人の笑顔と好奇心に背中を押されながらオンボロプレイヤーのスイッチを押した。

あの時からもう4年の歳月が過ぎた。今改めてMumのアルバムを聴いてみると、成るほど今の自分の音楽観は全てこの1枚から始まっているんだなと思わされてしまう。あの時オンボロプレイヤーのスピーカーで繰り広げられていた聴いたこともない優しい自由なMumの世界に惹きこまれた自分が、4年の歳月を過ぎてもなお魅了され続けている。あの時感じた音に憧れ少しでも近づこうとした今までも、あの音像を追体験したかったからだったのだろう。僕にとって、MumのアルバムFinally We Are No Oneは大きな道しるべだ。


Mumのアルバム、特にこのFinally We Are No Oneは聴いていると子供の頃の懐かしい体験や感動を思い出し、その時の匂いや感触がおぼろげながら蘇ってくるような、懐かしい雰囲気がある。夢を見ているような心地よさ、時間の概念などがおよそ無関係な世界観を創り出しているMum、いつまでも聴いていたい素朴な電子音。

アイスランドより、妖精が奏でる音楽を。

(文・テクノ遊牧民)

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